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大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)776号 判決

主文

申請人等が被申請人に対して保証として各金三千円宛を供託することを条件として

被申請人は申請人等の被申請人に対する解雇無効確認等訴訟の本案判決確定に至る迄申請人等を被申請人の職員として取扱い、且つ申請人等に対して昭和二十四年八月十日以降昭和二十五年四月三十日迄は即時に、同年五月一日以降は毎月一般職員の給料支払日に一ケ月に付いて別紙賃金表記載の金員の割合に依る金員を支払わねばならない。

申請人等のその余の申請は之を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

申請代理人は被申請人は申請人の被申請人に対する解雇無効確認等訴訟の本案判決確定に至る迄申請人等を被申請人の職員として取扱い、且つ昭和二十四年七月十五日以降毎月申請人等に対して夫々別紙賃金表記載の金員を支払わなければならない。訴訟費用は被申請人の負担とする。との判決を求め、その理由として次の通り述べた。

申請人等は被申請人日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)の職員であつて国鉄労働組合の組合事務専従者として組合から毎月夫々別紙賃金表記載の賃金を受けていたものであるが、被申請人は申請人等を昭和二十四年七月十五日附を以て行政機関職員定員法(以下定員法と略称する)により免職するとの理由で解雇した。しかしこれは左に述べる理由により無効である。

一、定員法は第一条に示す様に行政官庁並びにその外局を含む行政機関の職員に適用される法律であつて、行政機関でない法人の職員に適用されるわけにはいかない。従つて国鉄は後に述べる如く行政機関でなく同職員は行政機関の職員でないから定員法の適用を受けない。被申請人がかかる適用すべからざる法律を適用してなした本件解雇は無効である。なるほど定員法附則第七乃至第九項によれば同法が国鉄の職員にも適用せられるものの如く規定せられているが日本国有鉄道法(以下国鉄法と略称する)と定員法とは昭和二十四年六月一日に同時に施行せられたもので両法律の規定中矛盾する部分は基本法による国鉄法によるべきであるから定員法附則第七乃至第九項はこの点において法律効果を発生しない。

二、仮に右主張が理由がないとしても被申請人が申請人等を免職した理由は単に名を定員法に籍りたに過ぎず実質的には次に述べる如く申請人等が正当な組合活動をしたことにあるのであるから本件解雇は公共企業体関係労働法(以下公労法と略称する)第五条の規定に違反する不当労働行為であつて無効である。即ち被申請人の利益代表者である大阪鉄道局天王寺管理部長小宇羅友一は申請人袖岡光助島岡好助に対して昭和二十四年七月十五日解雇申渡の際にその理由を申請人両名の過去三年間の言動が現在の国鉄の運営に協力的でないと云う理由に基いて解雇する旨、而して右非協力とは職務の遂行について非協力と云う意味でない旨言明し、又申請人野口政夫に対しても翌十六日解雇通達に際して前同様の非協力が解雇の理由である旨言明している。併しながら申請人等は何れも組合事務専従者であつて職務執行義務はないのであり従つて職務上の非協力はあり得ない地位にあるから被申請人の所謂非協力とは組合活動を指す以外にあり得ないのである。

以上の理由で申請人等は被申請人に対して解雇無効確認の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人等は給料生活者であつて本件解雇により事実上職を奪われ日々の生活にも窮し本案判決確定まで待つわけにいかない事情にあるので本申請に及んだ次第である。尚申請人等は昭和二十四年八月十日支部大会に於て何れも組合事務専従者の職を解かれ一般職員の身分に復帰した。而して組合事務専従者の賃金は一般職員なみに昇給し一般職員の地位にあれば国鉄から受くべき賃金と同額である。

と述べ

一、被申請人の本件は行政事件訴訟特例法第十条第七項の適用又は準用があるとの主張に対し、

(一)  公共企業体である国鉄は所謂行政機関ではない。このことは公共企業体の法的性格を実証的に考へれば容易に捕促し得る。即ち公共企業体は国家の企業的活動を能率的にするため企業官庁を一般行政官庁の系列から区別しある程度の自主性を与へる必要から資本主義経済の機構的象徴とも云うべき株式会社なる大企業経営形態をモデルとしていわば企業官庁の「会社化」の形をとつて組織せられたのであつて、政府の権力を備えながら民営事業と同様の柔軟性と自発性とを兼ね備えることをその特質とする。即ち政府に於て理事者の任免権包括的予算制(独立採算制)に対する監督権を保持し、事業の報告を徴し又具体的な事業を規正することによつて理事者を通じて政府の権力を備える一面会社的自由コーポレートフリーダム換言すれば政治、行政、人事管理、財政における自主性(自治)を有せしめているのである。これを国鉄についてみるに国鉄は半封建的官僚主義的国営企業である行政官庁日本国有鉄道をば「会社化」して自主的経営の下に能率を発揮せしめるために設立せられたものであつて(国鉄法第一条)之を公共企業として行政目的乃至は公共の福祉に奉仕させる方法として内閣任命の総裁を通じて行政官庁の監督下におき、種々の特権、及び間接的制限規定を設けている。これが国鉄法に所謂公法人とする(第二条)との意味であつて、被申請人の云うやうな所謂行政機関であつたり行政官庁であることを意味するものではない。更に之は国家行政組織法第三条所定の行政機関に包含せられないことは明かであり、又特に国鉄の会計及び財務に関しては国鉄を国の行政機関とみなすとの規定(国鉄法第三十六条)並びに国鉄職員の恩給(第五十六条)共済組合(第五十七条)健康保険(第五十九条)失業保険(第六十一条)等の諸準用規定に照しても国鉄が本質上行政機関に属さないことは明かである。

(二)  国鉄とその職員との雇傭関係が私法関係であつて公法関係でないことは国鉄法第二十六条公労法第二条その他国鉄法、公労法の全規定によつて明かである。

従つて国鉄職員に対する免職は所謂行政官庁の処分に該当せず、本件について行政事件訴訟特例法第十条第七項の適用乃至準用はない。

二、被申請人の申請人等に対する免職の具体的理由の主張に対し

野口政夫が被申請人主張の日、場所に支部副執行委員長として出席し発言したことは認めるが、その発言内容は新聞記事、本部から支部へのニユース等について報告し人員整理については岩本国務大臣の国会での答弁によると普通車掌区では二十名乃至三十名が馘首されることになるから組合員各自に於て自分だけは大丈夫と思はず一人一人自分が馘首されると思つて団結しなければならない。と云つたのであつて労働組合の会合では当然の発言である。袖岡光助が昭和二十二年十二月五日技工被服貸与問題について天王寺管理部長と交渉したこと及び被申請人主張の期間体力管理法の処置命令により休養及び軽作業についていたこと、休養期間中に雑誌「裸像」「百面相」の編輯人をしていたことは認めるがその余は否認する。島岡好男が被申請人主張の日時場所において助役の承諾を得て被申請人主張の書類(新乗務員作業表を除く)を持ち帰り被申請人主張の日時に之を返還したことは認めるがその余は否認する。

三、申請人等が夫々退職手当を受領し解雇に対する異議権を抛棄したとの主張に対し申請人等がそれぞれ退職手当を受領したことは認めるが右受領に際して留保条件つきで受領しているのみならず、受領の日時は本件仮処分申請で解雇無効を争つて、申請書副本が被申請人に送達せられている昭和二十四年七月二十九日以降のことであるから退職手当を受領したことにより解雇を承認したり異議権を抛棄したことにはならないと述べた。

(疏明省略)

被申請代理人は本件申請は之を却下する。訴訟費用は申請人等の負担とするとの判決を求め、その答弁として被申請人がその職員である申請人等を昭和二十四年七月十五日附で定員法によつて免職したことは申請人等の主張の通りである。

一、併しながら右免職は次に述べる通り行政処分であるから行政事件訴訟特例法第十条第七項により民事訴訟法上の仮処分を求めることはできない。即ち

(一)  被申請人国鉄は国鉄法第一条に明かなように国が経営している鉄道事業其の他一切の事業を経営し能率的な運営により之を発展せしめ、以て公共の福祉を増進することを目的として設立せられたものであつて、国営事業の公益性の確保と経営の非能率性との矛盾を止揚するために考案せられた新たな企業形態である、換言すれば国家の事業である国有鉄道を国家の最高経営権に基いて企業的に管理経営する特殊形態の行政官庁である。このことは国鉄法の規定即ち内閣の任命する管理委員会の指導統制に服すること(第九条以下)その総裁は内閣が任命すること(第二十条)予算は国会の審議を必要とし(第三十八条)会計は会計検査院が検査し(第五十一条)運輸大臣の監督に服すること(第五十二条)道路運送法、電気事業法、土地収用法その他の法令の適用については法律に別段の定めをした場合の外、国鉄を国、国鉄総裁を主務大臣とみなすこと(第六十三条)等を通覧すれば容易に諒解し得るところである。尤も第三十六条第五十六条第六十三条等に直接「適用する」とせず「みなす」と規定しているがこれは国鉄が国と一応法律上別人格者であるための用語に過ぎずこれがため国鉄が国の行政機関でないと云うことは出来ない。

(二)  国鉄職員の身分関係方面から考えて見ても職員には国家公務員法は適用せられないけれども法令により公務に従事するものとみなされ、(第三十四条)又共済組合(第五十七、八条)健康保険(第五十九条)災害補償(第六十条)失業保険(第六十一条)に付いては何れも職員は国に使用されるものとみなされ、其の他任免の基準(第二十七条)降職免職(第二十九条)休職(第三十条)懲戒(第三十一条)服務基準(第三十二条)について一般私法上の雇傭関係の規定を排除する特別規定を設けていて国鉄の職員は所謂国家公務員ではないけれども国鉄法に基く特殊の公法上の地位を有する公務員でありその身分関係は私法上の身分関係でなく公法上のそれであるといわなければならない。尚国鉄職員組合は団体交渉権を有しているけれどもこのことが公務員の性格を抹消するものではない。本来から言えば公務員も従属労働者である以上憲法の保証により労働権を有し団結権団体交渉権争議権を有すべき筈のものであるが唯公共の利益の点から実定法上禁止せられているに過ぎないのであつてかかる禁止事項は公務員組合の性格から必然的に導かれた結論ではない。しかも国鉄職員組合の団体交渉権の範囲は極めて制限的であつて労働協約の存しない場合には民法並びに労働組合法は、労働関係調整法によらず国鉄公労法によらねばならないのであつてこのことは国鉄職員が特別権力関係に服している証拠である。

二、以上の如く本件免職は行政処分に外ならないが一歩を譲つて之を純然たる行政処分と看ることができないとしても国鉄総裁が定員法により人員整理を実施するにあたつては公労法第八条第二項第十九条は適用されないから国鉄総裁は規定人員数に充つる迄は国鉄職員をその意に反して免職することが出来るのであつてこれに対して団体交渉は勿論苦情を申出ることも仲裁委員会に仲裁を求めることも出来ない。これは定員法による免降職に関する限り国鉄職員は国家公務員と同列に取扱われ国家権力の発動として忍従を強いられる公法関係に立つものである。従つて定員法による国鉄職員の整理に関する限り国鉄を国(運輸省)国鉄総裁を行政庁(運輸大臣)に準じて考へ、国鉄総裁の定員法に基く免職行為も行政庁の処分に準ずるものと考うべきであるから本件免職に対しては行政事件訴訟特例法第十条第七項を準用し民事訴訟法による仮処分を求めることは出来ない。

三、仮に右主張が理由なく、民事訴訟法上の仮処分を求め得るとしても、国鉄職員に定員法を適用することは何等差支ない。定員法第一条では国鉄は当然行政機関又は外局として規定せられていないけれども同法附則第七項では国鉄の職員の定員を定め第八項でその職員の意思に反して降職又は免職することが出来るとし、更に第九項において公労法第八条第二項第十九条は定員法による整理の場合は適用しないと規定していて、附則とは言いながら定員法の一部をなしている以上国鉄に定員法は適用せられる。而して国鉄法第二十九条第四号は「業務量の減少その他経営上止むを得ない理由が生じた場合」には職員をその意に反して「降職又は免職」することが出来る旨定めている。定員法による人員整理は同号によるものであつて定員法と国鉄法は何等矛盾しない。

仮に定員法が国鉄法に矛盾するとしても定員法は特別規定であつて実質的に定員法附則第八項が国鉄法第二十九条の適用を一時排除しているのである。

四、次に被申請人が定員法に依り被整理該当者を選定するに当つては国鉄総裁から訓示された整理基準に照し、職員の人格、知識、肉体的適応性並びに業務に対する熟練及び協力の程度勤務年限等公共事業の職員としての必要な資格要件を判定した上で成績の悪いものから過剰人員を免職したのであつて定員法に藉口し正当な組合活動をなしたことを免職の対象としたことはない。而して申請人等を右基準に該当すると判定した具体的理由は左の通りである。

(一)  野口政夫に付いて

(イ)  昭和二十四年三月鳳車掌区分会で国鉄労組中央執行委員に立候補していた同申請人は「鳳車掌区では二、三十名の首切りがある。真面目に働いていても首切られる」と悪質のデマを放つて乗務員を不安な気持に陥れた。

(ロ)  昭和二十四年六月国鉄労働組合中央執行委員会に中央執行委員として又天王寺支部大会に支部副執行委員長として出席して最悪の場合にはストを含む実力行使を辞さぬ旨の決議に賛成投票をした。

(二)  袖岡光助に付いて

(イ)  昭和二十二年十二月管理部長に技工の被服貸与を要求し同月五日管理部長は「十二月十五日を目途に貸与出来るよう努力する」との回答にも拘らず同申請人に於て正確な情報の伝達を欠いたためか故意に虚報を流布したためか各機関区において十二月十五日に各人に被服を貸与すると管理部長が回答したとの誤報が流布された。同年十二月十六日同申請人は各機関区技工代表とともに管理部長に「被服を呉れない場合は仕事をしない」と主張し管理部長から「十二月二十二日に回答する。仕事はして貰いたい。」と要望したに拘らず翌十七日各機関区技工は一斉に職場大会を開き一部怠業状態に入つた。昭和二十三年一月二十日二十一日の組合支部大会で問題になつたときに同申請人は「合法か否か云う必要はない。被服をとつたのはよい」と暗に非合法闘争を是認する回答をした。

(ロ)  同申請人は体力管理法の処置命令により昭和二十三年三月二十九日より昭和二十四年二月二十八日迄作業禁止昭和二十四年三月一日より同年三月三十一日迄軽作業をしていたが、病気療養中に雑誌「裸像」「百面相」の編輯人をした。

(三)  鳥岡好男に付いて

昭和二十三年六月二十九日午前九時五十分同申請人は奈良機関区分会執行委員として所謂七、一ダイヤ改正反対闘争として分会執行委員会の決議に基き他の執行委員と共に伊達奈良駅助役に対して「時刻改正書類は分会で保管する」といつて同助役の承諾を得て列車時刻改正に必要な書類を持ち帰りその後区長より再三返還を要求されても之に応ぜず、更に同日午後六時五十分助役が作成中の新乗務員作業表をも区長の許可なく持ち帰り同日午後八時進駐軍関係方面より分会長に対し書類を返還せよとの命令があり同八時五十分漸く右書類を返還するに至つたが七月一日の時刻改正を目前に控え、奈良機関区ではこれがため業務上多大の支障を来たした。

大要以上の事実に基いて申請人等を整理基準に該当するものと判定し免職したのであつて正当な組合活動を対象したものでないから右解雇は正当であり公労法第五条に違反する不当労働行為でない。

五、仮りに然らずとしても申請人等は何れも退職手当を受領し解雇に対する異議権を抛棄したものであるから今更解雇の当否を主張する資格はない。

尚申請人等が何れも国鉄労働組合の組合員であつて組合事務専従者として組合から別紙賃金表記載の如き賃金の支給を受けていたこと及組合事務専従者の賃金は一般職員並に昇給し一般職員の地位にあれば被申請人から受くべき賃金と同額であることは之を認めると述べた

(疏明省略)

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